FIP治療情報

閉鎖的な多頭飼いの環境下で猫コロナウイルス感染のコントロールおよび抗ウイルス剤の使用についての研究(2024.03)

Control of Enzootic Feline Coronavirus Infection in Closed Multi-Cat Environments and Cons of Using Antivirals
著者:Niels C. Pedersen DVM PhD
発行日:March 7, 2024


多頭飼いの環境で猫コロナウイルス(FCoV)感染を議論する際に正確な命名法を理解することが重要なことです。FCoVと言われる用語は歴史的に命名された2種類のウイルスの総称です。コロナウイルスは最終的に猫伝染性腹膜炎(FIP)の原因として特定され、FIPウイルスまたはFIPVと命名されました (Ward, 1970; Zook et al., 1968) 。その後にFIPVは広範囲で低病原性の腸コロナウイルスに感染した猫の体の中で発生したFCoVの突然変異形態であることが明らかにされ、猫腸コロナウイルス(FECV)と名付けられました(Pedersen et al., 1981) 。混乱を避けるために、著者はFCoVの形態が現在の議論に適用されることを好みます。従ってFIPを持っている猫の疾患組織および体液中の特定の種類の白血球(単球/大食細胞)内から発見されたFCoVの形態について議論を行う際はFIPVという用語を使用することが適切です。FECVという用語は健康な猫の下腸の上皮に慢性的かつ断続的な感染を起こし、糞便中に大量に排出されるFCoVの形態を表す場合に使用します。Enzootic(局地流行性・風土性)は動物の個体群の中では低く変動的な水準で自身を維持する感染の正しい用語であり、人間に対して使用するEndemic(風土病)と対応する用語です。Epizootic(流行性)は一般的にすべての年齢の動物に急速に直接感染し、突然にそして大規模な新規感染の発生を意味し、人間のepidemic(伝染病)に相関しています。臨床的な「兆候」は獣医師や医師が身体検査で観察を行ったり、保護者が伝えたりするものであり、「症状」は人々が自ら認識し医師と関係するものです。

FECVは猫の他の粘膜病原体と同様に、集団内から持続的であったり反復的に表に出ることのない感染(すなわち、enzootic(風土病性))として維持されます。FECVは母体の免疫損失と同時に約9-10週頃から初めて糞便を通して排出し始めます(Pedersen et al., 2008) 。感染は糞便 – 経口の経路で成り立ち、腸の上皮を対象とし、腸炎の主な症状は軽度であったり、現れなかったり、一過性であったり、稀に慢性化したり重症化したりします(Pedersen et al., 2008; Vogel et al., 2010) 。以降の糞便の排出は結腸からであり、一般的に免疫が発生しながら数週または数カ月後に排出が停止します(Herrewegh et al., 1997; Pedersen et al., 2008; Vogel et al., 2010) 。その結果として発生する免疫は寿命が短いことで有名であり、再発感染を繰り返すことが多いです(Pearson et al., 2016; Pedersen et al., 2008) 。時間の経過と共により強力的な免疫が発生すると見られ、3歳以上の猫は再感染の可能性が低く、糞便からの排出も少ないように見られます(Addie et al., 2003) 。

FIPは感染の過程で進化するFECVの特異的変異体により発生します(Poland et al., 1996; Vennema et al., 1995) 。このように、多頭飼い環境でFIPの究極的な危険因子は猫コロナウイルスの抗体価が高く、糞便よりウイルスが排出されている猫の割合です(Foley et al., 1997) 。FIPを誘発する突然変異体はFECV感染の10%以上で発生するが、最終的にFIPを発病するのはそのうちのごく一部だけです(Poland et al., 1996) 。FECVに感染している個体群におけるFIPの実際の発生率は、100匹中1匹未満から100匹中10匹以上とばらつきがあるようにみられ、その事例は予測不可能な間隔で発生し、単発の事例から小さなクラスターまで多様です(Addie et al., 1995b; Foley et al., 1997) 。実際の発症率は、何らかの形で免疫システムを損傷させFIPのリスクを増大させる複数の宿主および環境の要因によって決定されるようです。

FECVの存在とFIPの直接的な関係を考慮すると、FIPを予防する論理的な方法はFECVの露出を最小限にすることです。FECVの感染を制御する最も簡単な方法はワクチンですが、SARS-CoV-IIのワクチンで示されたように、自然感染からの回復により得られる優れた免疫を生み出すワクチンはありません(Li et al., 2019) 。FECVの自然免疫の弱さと短命な性質について(Pearson et al., 2016; Pedersen et al., 2008)知られることに加え、様々な集団および地域間で血清型や株の変異がある(Addie et al., 1995b; Liu et al., 2019)ことから、FECVに対する効果的なワクチンが開発される可能性は低いです。

FECVの集団感染はワクチン接種により簡単に予防はできませんが、保菌者の検査を精力的に行い、厳重な隔離を行うことで、隔離された猫のグループからFECVを排除することは可能です(Hickman et al., 1995) 。しかしFECVは自然界にありふれており、猫と猫の直接または間接的な接触、そして人に付着した病原体を媒介として簡単に広がります。そのためFECVを排除するためには厳重な検疫施設と手順が必要となります。検疫はどのくらい厳重に行わないといけないでしょうか?FECV感染をなくし、予防するために権益を併用した検査と除去の経験は、1件の報告書(Hickman et al., 1995)に限られています。FECVはUC Davisの特定の病原体を持っていない猫の飼育施設からウイルスの排出者を除去し、残りのグループからの検疫手順を大幅に増加させることで飼育施設からFECVを除去しました(Hickman et al., 1995) 。それにもかかわらずFECVは数年後にこのグループに再侵入しました(Pedersen NC, UC Davis, 未出版, 2002) 。FECVについて効果的な検疫の唯一の例はフォークランド諸島の猫についての記述です(Addie et al., 2012) 。遠く離れた南大西洋にあるこの島々では幸いにもFECVが無い状態ですが、おそらく極端に独立されている島々であるからとされています。今後FECVが島に不用意に侵入することを防止するための処置が開始されています(Addie et al., 2012) 。このような経験に基づいて、かなり厳格な隔離および感染予防対策が難しい家庭環境での飼育はFECVを排除できる可能性はほとんどありません。

血統書付きの猫のFECV感染の予防や感染を遅らせる興味深いアプローチを「早期離乳と隔離」と称しました(Addie et al., 1995a) 。これはFECVに暴露または感染した母体から生まれた猫が生後9週間まで感染に対する母体免疫を獲得するという発見に基づいています(Pedersen et al., 2008) 。従ってこの免疫が失われる数週間前(4-6週齢)に離乳した子猫は一般的に感染はしておらず、母猫から引き離されて他の猫からも隔離されると理論的にウイルスに感染しない状態を保つことができます(Hickman et al., 2005) 。この処置は最初は人気がありましたが、ウイルスの流入を防止するための必要な施設と感染を防ぐ検疫を行うことは、より多くの飼い猫がいる飼育場では維持することが困難でした。従って感染した猫について持続的な直接・間接的なFECVの露出を考慮すると、ほとんどの家庭や繁殖場の猫から早期離乳や隔離によるFECVを排除することは失敗する運命でした。「早期離乳と隔離」のまた他の問題はウイルスが無い猫の大規模グループの子猫を他の猫から隔離する必要があることです。すべての猫を同時に感染から解放すれば、この問題は回避されます。これは一定期間FECVの排出に対する継続的な糞便の検査と厳格な検疫を合わせたすべての感染者を隔離することです。しかしFECV感染した猫の大部分は糞便を通してウイルスを排出するため(Foley et al., 1997; Herrewegh et al., 1997) 、該当猫を隔離することは遺伝子プールに深刻な影響を与える可能性があります(Hickman et al. 1995) 。このことからグループ内のすべての猫からFECVを排除する方法はあるのだろうか?ということです。

興味深いことに比較的最近のFIPに対する効果的な抗ウイルス剤の発見は全てのウイルスを一度に除去できる理論的な方法を提供しました(Pedersen et al., 2018, 2019) 。このような抗ウイルス剤の使用に関しての最初の研究は本質的でかなり予備的なものでしたが、比較的短期間の治療で閉鎖された猫の群れからFECVを浄化できることを示しています(Addie et al., 2023) 。FECVが特定抗ウイルス剤を使用する猫の群れから排除することができると仮定した場合、このような方法にどのような落とし穴があるのでしょうか?一つ目の落とし穴は、短期間の抗ウイルス剤の治療によって誘発される再感染に対する免疫の持続期間です。GS-441524によるFIPを成功的に治療した猫についての追跡調査は3-12カ月以内に5/18匹の明白ではないFECVの排出が戻ったことが明らかになりました(Zwichlbauer et al., 2023) 、これは自然感染からの回復のように治療が長期間の免疫を付与しないことを示しています。2つめの落とし穴は、一次および二次感染を治療するための抗ウイルス剤の費用、糞便排出をモニタリングするための頻繁な糞便検査、合理的な隔離施設とその維持のためです。従ってバリアが弱い家庭を中心とした猫のグループにFECVが感染していない状態を長期間維持することは失敗するしかない運命にあります。3つ目の落とし穴は血統書付きの猫の繁殖と展示に関わる正常な活動です。血統書付きの猫の繁殖には老齢の猫と子猫、そして猫に接する人々との頻繁な交流が含まれています。血統書付きの猫のブリーダーと熱烈な展示への参加者が、そのような交流をすべて避けて猫の飼育と展示への喜びをすべて放棄するとは想像し難いです。究極な疑問は「猫がFECVから解放された今、彼らをどうするべきでなのか?」ということです。管理された環境から離れた後も猫がFECVから自由でいられる可能性はあるのでしょうか?彼らはFECVに対する免疫力はなく、わずかな暴露にも大きな影響を受けやすいでしょう。これは元となった猫のグループにも同じことが言えるでしょう。最後に、最大の懸念はFECVに感染していない猫の集団を維持するために必要な抗ウイルス剤による断続的な治療が薬物耐性を発生させるということです。私たちは現在GS-441524によるFIP治療を受けた猫から薬物耐性が発生する可能性があることを知っており、UC DavisとCornell Universityの研究者たちはFECVの集団感染における薬物耐性の獲得は、FIP発生に対するそのような治療の潜在的な利点が大きいと考えています。FIPはもう90%以上の症例で治療可能であり、抗ウイルス剤耐性が生じたとしても、それは罹患した猫にほぼ限定されます。人のHIV-1感染も抗ウイルス剤で予防できるようになり、薬物耐性に対する心配はないと主張できます。しかし、HIV-1予防の治療は単剤ではなく、異なるクラスの複数の薬剤を使用します。多剤併用療法は治療効果を高めるだけではなく、薬物耐性を防ぐためのものです。ウイルスが複数の薬剤混合物のうち一つの薬剤の耐性を獲得しても、他の薬剤によって複製が阻止されます。

結論として、そして言い換えると「何かができるからといって、それをすべきなのか?」ということです。著者はFIPを予防するための手段として無症状のFECV感染を抗ウイルス剤で治療することを真剣に検討する前に、長期間にわたって行われた、はるかに大きくはるかに良く設計された研究が必要であると考えています。FECV感染が小規模で良く管理された血統書付きの猫のグループ、保護施設、研究用繁殖飼育施設におけるFIPの全体的な発生率は低く、そして現在では発生する可能性のあるFIP症例の90%以上を治癒させることが可能です(Pedersen et al., 2019) 。繁殖用猫とその子猫の数を少なく保ち、FIPの症例を出した猫や血統を繁殖させずにより多くの老齢猫を保ち、新しい猫の繁殖の導入と住宅/在宅変更に対するストレスを最小限に抑えることがFIP発症率を下げる現実的な方法です。小規模な集団では隔離や早期離乳も有効な場合があります(Addie et al., 1995a) 。里親/救助の状況におけるFIPの問題は、より大きな問題です。ほとんどの猫が野生の個体群であり、保護時は非常に幼いことが多いからです。彼らは栄養失調やその他の多くの病気に罹患している場合が多く、捕獲、日常的な治療、食事の変化、新しい環境への適応、そして最終的には里親への引き渡しなどに伴う多くのストレスにさらされています。


原文リンク:Antiviral-Drugs-for-Control-of-Enzootic-Feline-Coronavirus-Infection-in-Pedigreed-Catteries-and-why-it-may-not-be-a-good-idea.pdf (sockfip.org)

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